12人の被爆者、NYで証言とパレード NPT会議で核廃絶訴え

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Yuki Tanaka
国内 - 30 Apr 2026

核不拡散条約(NPT)の再検討会議が米ニューヨークで始まった。日本からは被爆当時幼かったり生まれる前だったりする12人の被爆者が赴いた。彼らは鮮明な記憶はないものの、平和への思いを届けようと声を上げ続けている。

「炎の中で母は私を抱いて逃げた。爆心地近くにいた兄の遺体は見つからず、姉は大やけどを負ってまもなく亡くなった」。ニューヨーク・ブルックリンの日本語学校で杉野信子さん(82)が身ぶり手ぶりを交えて語った。13~18歳の生徒やその保護者ら計40人がじっと聴いていた。杉野さんは1歳半のとき広島で被爆し、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の代表団の一人だ。

杉野さんは母から聞いた当時の状況や、中学生のころから鼻血が出ると「放射線による白血病なんだ。死ぬかもしれない」と不安だったことを明かした。そして「核兵器がいつ使われてもおかしくない。核廃絶を訴え続けなければ大変な世の中になる」と警鐘を鳴らした。生徒の一人は「被爆したことで今でも病気におびえていることに驚いた」と語った。

翌26日には、日本被団協や原水爆禁止日本協議会(原水協)など4団体の代表団180人が、世界の平和団体とニューヨーク市街地を行進した。長崎原爆の被爆者で原水協の代表の一人、今井セイ子さん(80)は横断幕を手に先頭を歩き、出会った人たちに折り紙のハトを渡した。「歩きすぎて足がパンパンになったが、多くの人がパレードを見てくれた」と述べた。

米国の平和団体に勤めるアンドウィン・デボスさん(24)は「世界は過去に起きた広島・長崎の原爆投下の過ちを学ばなければならない」と指摘。学者のデビット・コートライトさん(79)は「核兵器をコントロールすることはできない。被爆者の経験がそれを示している」と語った。一方、弁護士のアレックス・セーキンさん(46)は「世界は核兵器を必要とする。核抑止こそが国を守る唯一の手段」と反論した。被爆者団体にとってNPT再検討会議は核保有国に直接声を届ける重要な機会だ。


📝 編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、
朝日新聞デジタル
の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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